長い独り言
成功した人が
必ずというくらい
言う言葉
「私は運が良かったのです」
「人は努力で自身を磨くことは出来る。ただ、それは必ずしも成功を約束してはいない」
「最後は時の運!」
これらの言葉は
ある意味、
普遍の原理だとおもいます
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おそらく
どんな
宗教を信心する方も
「厄災から自身を守りたい」
「自身や家族に良いことがありますように。」
「運が良くなりますように。」
これらが信心の理由ではないでしょうか
勿論
信仰は個人の自由ですが
もしも
イマイチ
自身が不遇と感じたならば
下記のことを
頭の片隅にどうぞ
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富士山が初めて開山したのは
西暦1600年、江戸時代といわれます
対して
男体山(日光市)は西暦700年、奈良時代です
(平安時代には弘法大師が日光山と記述)
日光市麓の
瀧尾神社は弘法大師と深くゆかりのある社であり
そこから男体山山頂までの道のりは
実際は富士山よりも遥かに険しいものです
ましてや太古
開始した勝道上人は山頂で
三柱の神に会い
刀を立て奉納してきました
以来、この山へ登り
祈願する人や
大切なものを奉納する人が増えました
(昭和の学術調査により山頂から沢山の銅鏡等出土)
そして1400年たった
今の時代にも
それは細くですが続いています
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勝道上人は
いわばお坊さん。
仏に仕える人が
山頂で神を見たそうです
そして
お坊さんが神社を開くというのはよくある話で
それが神仏習合の原点的なことでもあり
古神道の基本でもあります
さて
古神道の教えの中に
「仏尊の神々」という言葉があります
つまり慈悲深き
仏様たちは比較的
人間の身近にいて
神様は
ずっと離れたところにいる
それは
天、或いは天に近いところにいる
勝道上人は
高き頂きに神がいると分かっていたのかもしれません
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1400年前も、500年前も
救援も登山の道具もない
かなり昔です
いずれにしても
命懸けの
男体山登拝でしょう
それを
登った人達の
魂や念である素粒子も
残る山。霊峰たる由縁かもしれません
偶然か必然か
江戸から北辰を指す日光
そこに自身を祀った東照宮
徳川家康
その傍らにそびえる
男体山
〜タカヤマノスエヒキヤマノスエヲカキワケテ〜
1500年前ともいわれる大祓詞にある山へのいざない(伊佐内、イザナイ)
開運を求めるなら
この山は
必然的もしれません
運を掴みたいなら
歴史の素粒子に身を任せることが良いかもしれません
今年も
登れるとは思いますが
今の時代でも
何度、登っても
険しく簡単に登れる山ではありません
山が
御神体ですから当然かもしれません
さて
今年は
入山の社
御神体の入口である、中宮祠が
しばし
大改修となります
「つまり…必ず上に来いってことなのか…」
とも思います
なにか
大きな変革を感じます